宮下遥(バレー)の中学、高校、身長、全日本代表歴、グッズ、ファンクラブは?

宮下遥,女子バレーボール選手

Vリーグの岡山シーガルズ、バレーボール日本代表女子「火の鳥NIPPON」のセッターとしての活躍が期待されている宮下遥(みやした はるか)選手。

早くからバレーボールの才能が開花し、14才でVリーグ入団、15才で日本代表、22才で中心選手としてリオ五輪を経験した宮下遥選手。

一方で、若くしてトップチームに入ったゆえの苦労も経験した宮下遥選手のバレーボール歴など、応援情報をまとめました。

 

バレー選手の宮下遥:身長、最高到達点、プロフィール

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プロフィール
宮下 遥(みやした はるか)
生年月日:1994年9月1日
(2020年時点:26才)
出身地:三重県桑名市
血液型:B型
ポジション:セッター
所属:岡山シーガルズ

宮下遥選手の身長は178cm体重58kg

(Vリーグ2019公式データ、計測や端数処理方法により177cmというデータもあり)

セッターやリベロを含めた女子日本代表選手の平均身長が175cmくらいなので、日本チーム全体の中では、背が高めな方に入ります。

宮下選手の最高到達点はスパイクジャンプが290cm、ブロックジャンプの最高到達点は283cm。

指高は228cm

宮下選手は高さを生かしたトスが光り、また、相手チームにとって予測しずらいトスワークも特徴的です。

ちなみに足のサイズは25.5cmなのだとか(Vリーグデータ)。

宮下遥の小学校時代

宮下遥選手の出身小学校は三重県の桑名市立城南小学校

桑名市は男子バレーの西田有志選手の生まれ育った「いなべ市」の南隣の市です。

宮下選手は小学1年生の時、ママさんバレーをしていたお母さんの影響で、地元の内部(うつべ:地名)のバレーボールクラブ、内部J.V.Cでバレーボールをはじめました。

内部J.V.Cは桑名市の西隣の四日市(よっかいち)を拠点に、1979年の創設以来、30年以上続き、男女ともに全国大会にも出場しているほどのクラブ。

監督やコーチのしっかりとした指導の元、一生懸命に練習をしていたようです。

当時の監督は『バレーはレシーブから』を信条にバレーボールの基礎的なところをしっかりと身につけてくれたそうです。

そして、小学生の低学年から週に数回、電車で30~40分もかかる隣の四日市のクラブまで通ったということは、宮下遥選手のお母さんもバレーボールに熱心だったのでしょうね。

宮下選手は小学生の頃はアタッカーをしていて、2006年夏には、エース兼キャプテンとして全国大会へ出場。

東京の強豪、ベスト16で東金ビーバーズに敗れてしまいましたが、この経験が宮下選手にとって宝物になったそうです。

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宮下遥の中学校時代

宮下遥選手の出身中学校は大阪府守口市の大阪国際大和田中学校

大阪国際大和田中学校は全国大会出場の常連校。

全国大会でエース№をつけて活躍した宮下選手は大阪国際大和田中学から勧誘を受けて進学。

そして、中学時代にアタッカーからセッターへ転向

セッターと言えば、一般的にはチームの中で低めの人がすることが多いポジションで、身長が高い人は高さを生かしたアタッカーをすることが多いものです。

小学校6年生の頃には身長170cmを超えて背が高かったにも関わらず、宮下選手が持っているバレーボール選手としての「天性の読みの良さ」に気づき、セッターへの転向を勧めたのは、岡山シーガルズの河本昭義監督と言われています。

セッターとなった宮下選手は「世界で通用するセッターになってやる!」と決め、練習に打ち込んだと言われます。

宮下選手が在籍した2008~2010年の頃はとても強く、近畿地方の大会では優勝や準優勝を重ね、中学3年生のときに主将としてチームを全国準優勝を経験しました。

宮下遥、女子バレーボール選手、大阪国際大和田中学校時代
引用:桑名市社会福祉協議会

さらにすごいことには、14才8ヶ月という史上最年少でVリーグの岡山シーガルズに選手登録され、中学3年生の2009年11月には、15才2か月でVプレミアリーグに初出場しました。

そして、全日本女子チームの合宿へ初招集。

15歳での日本代表入りは、セッターとしては中田久美選手(2020年現在、女子代表チーム監督)以来、30年ぶりのことでした。

この頃の宮下選手を象徴する話として「Vリーグデビュー戦で前歯2本を折ったアクシデント」があります。

Vリーグのデビュー戦で味方選手同士で接触し、前歯2本を折ってしまったのです。しかし、「チームに貢献したい」という一心で、宮下選手は前歯が折れてもプレーをし続けました。

普通なら交代を申し出てもおかしくないくらいに口の中は血だらけだったそうです。

何という気丈さ。すごいガッツです。(今は宮下選手の前歯は治療によって綺麗に治っています)

そして、バレーボール選手としては早熟、天才肌と言ってもよい宮下選手でしたが、中学時代は、意外にも「普通の女子中学生」のような面も。

2016年のリオ五輪後、母校の報告会で「中学3年間での一番の思い出は何ですか?」との質問に「中学3年生の時に体育祭で行ったソーラン節です。筋肉が切れそうになるくらいみんなで力をあわせて練習しました」と答えたそうです。

微笑ましい回答ですね!

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宮下遥の高校時代

宮下遥選手の出身高校は大阪国際滝井高校

大阪国際滝井高校は大阪国際大和田中学校の姉妹校(ともに大阪国際学園の運営)。

大阪国際滝井高校は岡山シーガルズの河本昭義監督が監督を兼任している学校でした。

河本昭義さんは、岡山シーガルズの前身の東芝シーガルズ時代から監督を務めており、その後、岡山シーガルズの発足に尽力。

現在(2020年時点)も岡山シーガルズの監督、その運営会社の社長をされています。

中学生でVリーグデビューし、日本代表に選出された宮下遥選手。

宮下選手は高校ではバレー部に入部せず、岡山シーガルズでバレーボールをし、Vリーグと日本代表チーム、高校生活を両立。

2013年3月に大阪国際滝井高校を卒業しましたが、大阪国際学園(大和田中学、滝井高校)は宮下選手が卒業生であることを誇りとし、今も応援しています。

宮下遥、大阪国際学園卒業生
引用:大阪国際学園
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岡山シーガルズの宮下遥選手(2010年-)

15才という年令でVリーグでプレーをはじめた宮下選手は、2シーズン目となる2011-12年シーズンにはスタメンとして活躍し、前シーズンの8位から4位への躍進に貢献。

宮下遥選手が入団後、岡山シーガルズの順位は毎年上がってゆきました。

  • 2010-11年:8位
  • 2011-12年:4位
  • 2012-13年:3位
  • 2013-14年:2位(準優勝)敢闘賞、ベスト6賞を受賞

その後、岡山シーガルズは宮下選手が怪我で治療していた時期に低迷していたものの、2019-20年には復活の準優勝。

2019-20年の岡山シーガルズはVリーグの中でも外国人助っ人選手がいない唯一のチーム。

大型外国人選手が打ち込むスパイクのような派手さはないものの、粘り強く安定感のあるディフェンスがVリーグの中で際立っていました。

2019-20年にVファイナル準優勝に帰り咲いた守備力を支えたのが、リベロの楢崎慈恵選手に加え、宮下遥選手でした。

下の動画は、長身から繰り出す宮下遥選手のスマートなトスワーク。

また、身長など「高さ」では有利と言えない日本人アタッカーを上手く生かしたのが宮下選手の幅広いトスワークでした。

宮下選手はVリーグでの通算試合出場が「10シーズン以上で230試合以上」に達し、『Vリーグ栄誉賞』の表彰を受けました。

宮下遥選手の怪我と全日本代表、オリンピック(五輪)

2010年に全日本の選手となった宮下選手ですが、その後は順調な時ばかりではなかったようです。

最初の試練は2014年8月のワールドグランプリ後、正セッターの座をめぐる熾烈なポジション争いで試合への出場機会が激減した時期。

宮下遥選手のストロングポイントでもある「(相手チームにも味方にも)タイミングやトスワークが読みずらい」ことが味方スパイカーとのコンビで良くない方向に作用し、アタッカーの動きとのズレが生じやすくなってしまったのかもしれません。

そして、2016年のリオデジャネイロ五輪(5位)の後、2017年6月のワールドグランプリ以降、2019年まで日本代表の試合に出場できなかった時期がありました。

この時期、宮下選手は膝に問題(怪我)を抱えていました。

ジャンパー(膝蓋腱炎)という バレーボールやバスケットボールなどでジャンプや着地動作を頻繁に行い、膝を酷使することによって生じる炎症による痛み。

じっくりと怪我の治療に向き合うことが必要となりましたが、この時期、宮下選手にとっては精神的にとてもきつかった時期かもしれません。

中学生の時から大人のチームに混ざって活躍を期待され、22才という若さでチームの中心として迎えた2016年のリオ五輪。

まるで「オリンピックに出場して好成績をおさめるのが当たり前」であるかのような世間からの大きなプレッシャーを経験。

一方で、怪我で理想とする本来のプレーができず、代表の試合にも呼ばれない中、再びオリンピックという重圧と期待を背負って結果を追い求めてゆくことに、気持ちが追い付いてゆかなかったとしても不思議ではありません。

実際、宮下遥選手は、全日本代表選手として、2020年の東京オリピックを目指せるか?目指すか?について迷った時期もあったと、涙を浮かべながら語っていました。(2020年4月BSフジで放映されたバレーボール・チャンネルのインタビューにて)

怪我が良くなった後、日本代表の中田久美監督は、2019年9月のワールドカップで宮下選手を再び代表へ呼び戻しました

宮下選手には2度目のオリピック出場への道が残されています。

東京オリンピックを迎える頃は、まだ20代半ば。リオ五輪の体験を活かして、是非東京五輪でも活躍してほしいです。

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宮下遥選手関連のグッズ

応援グッズは岡山シーガルズのグッズと日本代表の火の鳥NIPPONのものがあります。

岡山シーガルズの公式グッズ

マフラータオル、ユニフォーム型Tシャツ、クリアファイル、シーガルズ・ボールペン、シャープペン、タンブラーなど。

岡山シーガルズのグッズサイトでネット通販をしています。

公式グッズ(商品一覧ページ)へ

他にバレーボール・ステーションでチームグッズの取り扱いがあります。

種類は少なめですが、公式グッズとは異なるものがあります。

ViVAバレーボールステーションへ

日本代表女子・火の鳥NIPPONのグッズ

楽天市場のオフィシャル倶楽部(OFFICIAL CLUB)で、全日本女子バレーボール「火の鳥NIPPON」のグッズが発売されています。

アクリル製バッジ、モーテルタグ、キーホルダー、スマホリング、パスケースなどがあります。

日本バレーボール協会(JVA)のサイトでは、ネット通販以外に、JVAが提携したスポーツ用品店などでの取り扱いがあります。

JVAオリジナル・日本代表グッズへ

宮下遥の岡山シーガルズのファンクラブ

ファンクラブやサポーターズクラブにあたるものとして「岡山シーガルズを応援する会」があります。

会員の種類はベーシック、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナとあり、それぞれ特典や優待内容が異なります。

会員になると会報誌やグッズの割引、感謝の会への参加など、得点が充実しています。

また、無料のメルマガ登録も可能です。

岡山シーガルズを応援する会

岡山シーガルズはファンとのコミュニケーションや広報を大切にしているようです。

岡山シーガルズのツイッターはこちら

岡山シーガルズのインスタグラムはこちら

バレーボール:宮下 遥 選手情報まとめ

宮下遥選手のこれからのさらなるご活躍期待します。

当サイトは宮下遥選手を応援しています!

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