バレーボール新鍋理沙の中学高校、身長最高到達点、現役引退理由は?

新鍋理沙,女子バレーボール選手

バレーボールVリーグ久光製薬スプリングスと全日本代表の選手として長年活躍してきた新鍋理沙(しんなべ りさ)選手。

2020年6月30日付で久光製薬を退団し、バレーボール選手として現役を引退することになりました。

新鍋理沙選手の引退理由や記者会見の様子のほか、新鍋理沙選手情報をまとめました。

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新鍋理沙選手の身長や最高到達点など基本プロフィール

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プロフィール

新鍋 理沙(しんなべりさ)
生年月日:1990年7月11日
(2020年現在:30歳)
出身地:鹿児島県霧島市
血液型:B型
ポジション:アウトサイドヒッター
所属:久光製薬スプリングス
(2009年4月-2020年6月30日)

新鍋理沙選手は身長175cm体重63kg。(Vリーグ2019公式データ)

セッターやリベロを含めた女子日本代表選手の平均身長が175cmで、身長の高さはちょうど平均くらいですね。

新鍋理沙選手の最高到達点はスパイクジャンプが293cmブロックジャンプの最高到達点は285cm指高は226cm

2012年ロンドン五輪での活躍後、新鍋選手は攻守の要として日本代表チームに欠かせない存在。

守備が良いこと、攻守に波が少なく安定感があり、大きな信頼を寄せられているのでしょう。

ちなみに足のサイズは26cmだそうです(Vリーグデータ)。

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新鍋理沙の小学校時代

新鍋理沙選手の出身小学校は鹿児島県国分市(現:霧島市)の国分南小学校

バレーボールを始めたのは新鍋選手が最初に通った牧之原小学校1年生の頃。

新鍋選手のご両親は少年団のバレーボールの指導者。

幼稚園の頃から両親についてバレーボールの練習場へついてゆき、自然にバレーを始めるようになりました。

小学校2年生のときの文集には「バレーボールでオリンピックに出たい」と書いていたとのこと。

その後、高学年になり、霧島(当時、国分市)の国分南小学校へ転校。

別のチームでバレーボールをすることになりました。

もう少し強いチームでバレーをしたいという思いもあったものの、小学校高学年で移ったチームは、以前とは比較にならないほど厳しい練習だったそうです。

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新鍋理沙の中学時代

新鍋理沙選手の出身中学は霧島市立国分南中学校

小学生高学年の時にバレーをしたクラブの監督が国分南中学のバレー部を見てくれる予定だったものの、コーチの兼任ができなくなってしまったそうです。

バレー未経験の顧問となったため、きちんとしたバレーの指導は受けられず、あまり楽しくなかった時期でもあったと、後に新鍋選手は語っています。

しかし、身長も高めだった新鍋選手は九州の長身者合宿に呼ばれました。

九州のレベルの高いバレーボール選手たちが集まる長身者合宿で、現在、同じチームの岩坂名奈選手と出会ったそうです。

岩坂名奈選手は身長の高さが図抜けており、はじめて岩坂選手を見た新鍋選手の感想は『わ、でかいな!』だったそうです。(笑)

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新鍋理沙の高校時代

その後、鹿児島県のバレーボールの強豪、鹿屋中央高校へ進学

再び本格的なバレーボールの練習がはじまりました。

新鍋選手は2006年高校1年生の時にレギュラーで試合に出場し、インターハイで優勝。

2007年高校2年の時には春高バレーではベスト4を経験しました。

順調に見えた高校でのバレーボール生活でしたが、ある日、思わぬことが起こってしまいます。

監督の厳しい指導(体罰)により部員が口を怪我してしまい、チームに1年間の公式戦出場停止処分が下されてしまったのです。

高校生として集大成となる3年での試合に出場できなくなった新鍋選手は、バレーボールが続けられなくなってしまいました。

バレーボールを辞めるか、どうしたらよいのか・・・

迷っている時に県外の宮崎県の延岡学園高校から転校の誘いが!

ライバルで大切なチームメイトだった友人(大迫美帆さん)と一緒に転校を決心。

新鍋選手は延岡学園高校でバレーボールを続けました。

2008年高校3年生のときには延岡学園高校で春高に出場

2回戦で東京の強豪、八王子実践高校とフルセットの末に敗れはしましたが、新鍋里沙選手の活躍は光っていました。

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久光製薬スプリングスの新鍋理沙選手(2009-2020年)

高校を卒業後、久光製薬スプリングスへ入団(2009年- )。

高校の先生から「久光に行ってみないか?」と勧められたそうです。

久光製薬は九州出身のスター選手が数多く在籍するチーム。

入団2年目の2010-2011年シーズンからは開幕スタメンで出場し、中学生と時の合宿で出会った同期の岩坂名奈選手らとともに活躍し、3位に入賞。

Vプレミアリーグ「最優秀新人賞」に選ばれました。

また、2011年3月には全日本女子チームにメンバー登録。

2012年6月のロンドンオリンピックでは、若手ながら安定したサーブとレシーブでチームを支え、全日本女子28年ぶりの銅メダル獲得に貢献しました。

2020年6月20日、6月30日付で久光製薬スプリングスを退団するとともに、バレーボールの現役選手としての引退が発表されました。

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新鍋理沙選手の引退発表に至るまでの状況

新鍋理沙選手は、2012年ロンドン・オリンピック(銅メダル)に出場した後、度重ならる怪我や故障に悩まされていました。

そのため、2015年には全日本代表入りを辞退し、リオ五輪が行われた2016年には、一度は現役引退を考え、中学時代からの戦友であり、親友でもあった同チームの岩坂名奈選手に相談していたと言われます。

その後、全日本女子代表チームの監督に、元久光製薬スプリングスの監督の中田久美選手が就任すると、新鍋理沙選手は、再び岩坂名奈選手とともに、2020年の東京オリンピックを目指しました。

「バレーボールが生活のすべて」だった新鍋選手は、もともと2020年の東京オリンピックで現役引退することを決めていたとのことでした。

しかし、新型コロナウィルスの影響で東京オリンピックが2021年に延期となり、関係者によれば、モチベーションの維持が難しくなったとも言われていました。

新鍋理沙選手の退団と現役引退

2020年6月20日、新鍋理沙選手の所属する久光製薬スプリングスより、新鍋選手の現役引退が発表されました。

(久光製薬スプリングスの公式サイトより)

この度、現役選手としての活動を引退することを決めました。
小学校1年生から始めたバレーボールは、
私にとって生活の全てでした。
そのバレーボールの現役を引退することに、まだ実感が湧きません。

久光製薬スプリングスに入団して11年間、
苦しいときも楽しいときもありましたが、大好きなバレーボールを続けることができました。
それもこれも支えていただいた皆様のお陰です。

学生時代にバレーボールを指導していただいた恩師、
いつも練習に付き合ってくれたチームスタッフ、ボールを繋いでくれた仲間、
何より全国の会場で声援を送っていただいたファンの皆様、
本当に沢山の方々のご指導とご声援に支えられバレーボールを続けてくることが出来ました。
そのすべての皆様に心より感謝申し上げます。

本当にありがとうございました。(引用元:久光製薬スプリングス公式サイト)

新鍋理沙 引退の理由や今後は?引退会見の様子

6月29日14時~YouTubeのライブ配信にて新鍋理沙選手の引退会見が行われました。

久光製薬スプリングスの体育館に記者会見場をもうけ、まずは新鍋選手からの引退の報告、久光製薬スプリングス運営会社の萱嶋章(かやしま あきら)代表からの話、メディアからの代表質問が行われ、約15分ほどのものでした。

以下は新鍋選手の会見要旨。

特に新鍋選手は「自分が納得できるプレーができない」ということを繰り返し語っていました。

会見の最後、ファンの人たちへの言葉を述べる新鍋理沙選手は涙を見せました。

6月29日の記者会見の要旨
  • 自分の中では2020年東京オリンピック後、現役引退することを決めていた。
  • 長年、怪我と向き合いながらバレーボール生活を続けてきたが、昨シーズン(2019/20年)終了後、2020年4月にはケガや疲労の蓄積から、手術をしなければならないほどだった。
  • 手術(右手)後、リハビリを行ってきたが、東京オリンピックが2021年に延期となり、1年後に納得できるプレーや姿を想像できず(難しいと思った)、引退を決断した。
  • 東京五輪の1年延期は、自分にとって、ものすごく長く感じた(絶望した)。
  • 日本代表の中田久美監督には引退を決断してから報告をした。
  • 今後は?→第2の人生はどういう形(解説者?指導者?)かは、まだわからないが、バレーの魅力を伝えてゆくことで恩返しをしたいと考えている。
  • 久光製薬スプリングスは新鍋選手とマネジメント契約をし、セカンドキャリアを全面的にサポートする。
  • ファンの皆様へ:11年間応援ありがとうございました。感謝でいっぱい、ファンとともに喜び、悔しみながら戦ったことは一生の財産です(涙を見せて)

新鍋選手が引退を決断した理由は「自分が納得できるプレーができない」ということに尽きるようですが、2021年の東京五輪前の引退決断の背景には、オリンピックまでのモチベーションの維持の難しさをにじませていました。

以下はその記者会見の様子です。

これからは新鍋理沙選手には人として、女性として、是非よい人生を歩んでいただきたいですね。

新鍋理沙選手 関連情報

バレーボール全日本代表