鍋谷友理枝(バレー)の出身中学高校、最高到達点、両親等プロフィールは?全日本代表女子

鍋谷友理枝,女子バレーボール選手
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バレーボールVリーグのデンソーエアリービーズや日本代表「火の鳥NIPPON」で活躍する鍋谷友理枝(なべや ゆりえ)選手。

細身ながらも高いジャンプ力やスピードのあるプレーが印象的な鍋谷友理枝選手の出身校や最高到達点、ご家族などの選手情報をまとめました。

バレー選手の鍋谷友理枝:身長や最高到達点などプロフィール

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プロフィール
鍋谷 友理枝(なべや ゆりえ)
生年月日:1993年12月15日
(2020年現在:27歳)
出身地:東京都大田区
血液型:B型
ポジション:アウトサイドヒッター
所属:デンソーエアリービーズ

鍋谷友理枝選手の身長は176cm体重58kg(Vリーグ2019公式データ)。

現在の女子日本代表のスパイカーの平均身長が178cm前後、セッターやリベロを含めた全日本女子の平均身長が175cmくらい。

鍋谷選手は日本代表選手としては平均的な背の高さですね。

鍋谷友理枝選手はスパイクジャンプの最高到達点が305cmブロックジャンプの最高到達点は288cm

指高は224cm

助走付きのスパイクジャンプで最高到達点に達した時のジャンプ力は81cm(最高到達点305cm-指高224cm)ということになります。

これは日本代表チームの中でもかなり高いですね(70cmを超えるだけでも高い方)。

エース級スパイカーの古賀紗理那選手(身長180cm、最高到達点305cm)、石井優希選手(身長180cm、最高到達点302cm)らと並ぶ高さがあります。

特に高身長ではありませんが、攻守の切り替えが早く、ジャンプ力の高いシャープなスパイクフォーム、スピードのある攻撃が個人的には大好きな選手です。

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また、サーブの時の手の構えから「まねきねこサーブ」「かまきりサーブ」などと呼ばれることもあります。

足のサイズは26cm(Vリーグデータ)。

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鍋谷友理枝の小学校時代

鍋谷友理枝選手の出身小学校は東京都品川区の小野学園小学校

鍋谷選手は普通に勉強をするつもりで私立の小野学園小学校へ入学。

しかし、当初はバレーボールをする気は特になかった(笑)そうです。

バレーボールをはじめたのは小学校3年の時。

鍋谷友理枝選手が小野小学校へ入学した年にバレーボール部ができたことがきっかけ。

当時、私立小学校にバレー部があるのは珍しく、東京都で初のことでした。

実は鍋谷選手はご両親がともに高校バレーの超強豪有名校出身のバレーボール選手。

お父さんがコーチがコーチをしたそうです。

しかし、あまり強いチームではなく、この時点で鍋谷選手は特にバレーを続けていこうとは思っていなかったそうです。(笑)

(現在、小野学園小学校のバレー部はなくなっています)

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鍋谷友理枝の中学時代

鍋谷友理枝選手の出身中学は東京都文京区の淑徳SC中学校

淑徳SCは中高一貫の私立で、インターハイや全国大会で上位に入ることがあるほどバレーボールが強い学校。

鍋谷友理枝選手は淑徳SCの中等部のバレー部で、現在、デンソーでチームメートの大竹里歩選手と同じチームでプレーをしていました。

鍋谷選手は今はアウトサイドヒッター(アタッカー)ですが、淑徳SC中学時代、ツーセッターやスリーセッターで少しトスを上げることもあったそうです。

(鍋谷選手のお母さんは高校、大学時代の超強豪校の名セッターだった)

明るい性格だった鍋谷選手はキャプテンも務めて、全国大会(全国中学校体育大会)でベスト8に入っています。

2008年(第22回)JOCジュニアオリンピックカップに東京選抜チームとして出場。

東京選抜チームが優勝するとともに、鍋谷選手自身もオリンピック有望選手賞を受賞する活躍でした。

鍋谷友理枝の高校時代

鍋谷友理枝,女子バレーボール選手
©http://blog.livedoor.jp

鍋谷友理枝選手の出身高校は大分県の東九州龍谷高校(通称:東龍)

東九州龍谷は春高バレーで優勝回数が最多の8回という高校女子バレーの超強豪校。

常に全国の高校の女子バレーボール界の頂点を争っている学校です。

東京で生まれ育った鍋谷選手が、なぜ遠い九州の大分へ??

実は東龍の名将、相原昇監督からスカウトされたそうです。

鍋谷選手も日本一になりたいと思い、高校時代は大分でバレーボール生活をしました。

高校3年生(2012年)の時にはチームのキャプテンとして第64回春高バレーで優勝。

自らも最優秀選手賞を受賞する活躍でした。

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デンソー・エアリービーズの鍋谷友理枝選手

2011年12月、デンソー・エアリービーズに入団が決定。

2012年3月のファイナルラウンドの3位決定戦がVリーグでのデビュー戦となりました。

2012年9月には第3回アジアカップ女子大会に日本代表メンバーとして参加。

2016年リオデジャネイロ五輪に出場しています。

2019年4月の代表合宿中に顔面にスパイクを受け右眼球内から出血。

全治1ヶ月の「網膜振盪症」と診断。

そのため、2019年6月のネーションズリーグ、9~10月のワールドカップでは、右目の保護のためゴーグルを着用してプレーし、ゴーグルのことが話題となりました。

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鍋谷友理枝選手の家族構成と大竹里歩選手

鍋谷友理枝選手は弟がいる4人家族。

両親ともに、元バレーボール選手で、すごい選手でした。

父は法政二高の黄金時代を築いたエース対角のアタッカー

鍋谷友理枝さんの父、昌道さんという元バレーボール選手。

鍋谷昌道さんは神奈川県の法政第二高校、青山学院大学でバレーボールをしていました。

特に高校時代は1980年代の法政第二高校のバレーボール黄金時代を築いたスタメン選手。

高校時代の鍋谷正道さんの身長は190cmくらいあり、同じチームに、現在、東レアローズ女子監督の菅野幸一郎さん、208cmという歴代最長身のミドルブロッカーで、バルセロナ五輪に出場した大竹秀之さんがいました。

鍋谷昌道さんは、当時、高校№1アタッカーだったエース菅野幸一郎さんの対角(レフト)として活躍。

1984年のインターハイで優勝、春高バレーで準優勝しています。

鍋谷友理枝,女子バレーボール選手
引用元©青山学院校友会

母は名門の八王子実践高校の名セッター

鍋谷友理枝さんの母、美奈(旧姓:藤森)さんも元バレーボール選手。

藤森美奈選手は東京のバレーの名門、八王子実践高校、青山学院大学でバレーをしていました。

八王子実践高校は春高バレーの上位入賞の常連校(ベスト4に14回)。

美奈さんが在籍していた頃は全国№1、2の座を争っていた時期。

高校の同じチームの一学年上には、3回の五輪(1988ソウル、1992バルセロナ、1996アトランタ)にセンターとして出場した大林素子さん(現在はバレー解説者)。

藤森さんは大林素子さんが3年生の中心選手として活躍したチームのセッターとして、春高バレーで準優勝

その後、青山学院大学時代にも全国インカレで高成績をおさめました。

大竹里歩選手とはどんな関係?

鍋谷友理枝選手のバレー人生を語る時に欠かせない存在が大竹里歩さん。

大竹里歩選手は、現在、鍋谷選手と同じVリーグのデンソーエアリービーズに在籍するバレーボール選手。

ともに1993年12月生まれで誕生日も近い二人は幼馴なじみ。

高校時代は別の学校(大竹里歩は下北沢成徳)でライバルでしたが、中学時代と現在のデンソーでは同じチームメイトです。

というのも、大竹里歩選手の父は、鍋谷選手の父・昌道さんの高校バレーのチームメートの大竹秀之さん。

幼少期から家族ぐるみのお付き合いがあったようです。

雑誌のインタビューで「大竹里歩さんとは何でも話せる関係?」と質問された鍋谷選手は「話さなくても伝わる関係かな? 私が思ってるだけかもしれませんが(笑)」と答えています。

(左が大竹里歩選手、大竹選手のインスタより)

鍋谷友理枝の中学・高校、最高到達点、家族等のまとめ

鍋谷友理枝選手のこれからのさらなるご活躍期待したいですね。

当サイトは鍋谷友理枝選手を応援しています!

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